ハード・ディスク装置の構造と応用―記録・再生の原理とメカニズム

HDD(Hard Disk Drive)は、非常に特殊な進化をとげた技術です。誕生してから40年以上の間、絶え間なく技術革新を続けて、記録容量の拡大とビット単価の低下をキープし続けて来ました。ビット単価の下落がHDDの新たなアプリケーションを生み出し、出荷台数がビット単価の下落を上回ることによって市場規模を拡大してきました。

HDDビジネスは、エレクトロニクス産業の中でも極めて特殊です。製品単価が高くない代わりに、出荷台数が桁違いに大きいです。一つの製品ファミリのライフの出荷個数は百万台以上になり、それが1〜2年で出荷されます。その代わりに、HDDの1台あたりの製品原価は数十ドルであり、HDD内部に使用されている個々の部品の単価は非常に安いです。それでも、個々の部品(例えば記録メディアとかヘッドとか、信号処理LSIとか)には非常に先鋭化された高度な技術が使用されています(*1)。

HDD関連の技術に携わるエンジニアの立場からすると、個々の要素技術が非常に先鋭化しているために、なかなか技術の全体像を掴み難いです。本書はHDDにまつわる技術の全体像を俯瞰できる日本語で書かれた数少ない教科書の一つです。新たにHDD業界に入るエンジニアが技術の全体像をサラッと把握するにも良い本だと思います(今からこの業界に入る人がどれだけいるのか知らんけど)。

HDDメーカも合従連衡がすすみ、大手メーカはついに世界中で5社に絞られてしまいました。アメリカのSeagate, Western Digital, 韓国のSamsung, 日本の東芝, 日立グローバルストレージテクノロジーズです。本書は日本のHDDメーカの雄である東芝のHDD開発者が執筆しています。

1点だけ難点があるとすれば、2002年に出版されたこともあり、一部の記述は時代遅れになってしまっていることに注意が必要です。HDDの業界用語では、HDDの性能を表すパラメータにTPI(Track Per Inch), BPI(Bit Per Inch)というものがあります。本書に記載されているTPIやBPIのようなパラメータの代表値は時代遅れになってしまっていますし、再生系の信号処理についての説明はPartial Response+Viterbiまであり、最新のLDPC (Low Density Parity Coding)についての記載もありません。

(*1) HDD技術の(行き過ぎた)高度化、先鋭化を端的に表す技術は、記録メディアと記録ヘッドの隙間(ヘッドの浮上量と呼ばれる) が最新のHDDでは2〜3nm以下となっていることです。何かをnmオーダでコントロールするという技術が、小売価格で高々1万円前後の製品に使われて、年間に数百万台も量産されているというのは驚くべきことです。

2010年2月1日に改訂版が出版されるようです。CQ出版社で本書を紹介しているページはこちら